映画 | ボーダレス ぼくの船の国境線

原題:Bedone marz (英:Borderless)
製作国:イラン
製作年:2014年
国境線に沿う川の真ん中に打ち捨てられた廃船に住む少年は、捕った魚や貝殻の装飾品を売って生計を立てながら、独り静かに暮らしていた。そんなある日、国境の向こう側から銃を持った少年が突然やってきて船の半分を占領してしまった。お互いの言葉が分からず対話すらままならない二人は諍いを繰り返すが…。

↓↓以下ネタバレが含まれている場合がありますのでご注意ください。↓↓
主要な登場人物は少年と少女と赤ん坊とアメリカ兵の4人のみという何ともこじんまりとした作品。
全編を通してセリフが少なく、とても静かな印象の映画で、大変好みの作品でした。
とりわけ少年が一人廃船の中で暮らす様子を延々と描く冒頭は、そもそも話す相手もいないことから本当にセリフがありません。露天商のおじさんとのやり取りすら無言で交わされていましたしね。
ただ、この全くセリフのない冒頭がなんだかとても良い。
少年が廃船の中で生活をするうえで立てる様々な“音”が、セリフが全くないおかげでとても際立って聞こえてきて、少年がそこで生活しているという空気感がもの凄く印象的に伝わってくるんですよね。
また、少年はもう長い間この廃船の中で暮らしている様子で、隅から隅まで見事に内部を自分の生活圏としてカスタマイズしており、この映画の背景を考えるとちょっと不謹慎なのかもしれませんが、まるで秘密基地みたいでちょっとワクワクしてしまったりして、そんなところも良かった。

ちなみにこの作品、セリフが少ないことによって大変雰囲気の良い作品になっていますし、それは監督の意図したところでもあると思うんですが、その割には途中から出てきたアメリカ兵がちょっと饒舌過ぎたような気がしました。
冒頭の少年の生活ぶりのくだりもそうですし、少女(少年兵)が廃船にやってきて赤ん坊と三人で生活をするくだりなんかは、お互い言葉が分からないということもあり、表情や態度だけで意思疎通するシーンなどとても雰囲気が良くて素敵だったのに、そのあと登場したアメリカ兵は、そんなセリフが少ないがゆえに生まれている素敵な空気感をちょっと壊している気がしたのは自分だけでしょうか。
なんとなくこの作品の雰囲気に溶け込んでいないというか、異物感があるというか。
まぁこのあたりについては、監督がそれをわざとやっているというのであれば、それはそれで納得できる気もしますが。
このアメリカ兵はどちらかというと愚鈍で滑稽なキャラクターとして描かれている印象だったので、まぁそのあたりアメリカ兵に対する何かしらの暗喩を含んでいるんでしょうかね。

ところでこの映画、内容はとても前向きで温かい気持ちにさせてくれる作品となっていますが、そんな鑑賞者の温まった気持ちをばっさりと切り捨てるようなラストのあの唐突な終わり方についてはどうでしょうか。
最初観たときは、それまでの流れをぶった切って何とも後味の悪い終わり方にしたもんだなと思いましたが、これ、実はそうではなく、とてもポジティブで前向きな終わり方なのではないだろうかと今では思っています。
そう感じたのは、ラストの「揺れるハンモックに虚ろな目をして寝そベる少年」の描写です。
この描写、ラスト以外にも物語中盤あたりで1シーン、これと同じ描写が出てきていましたよね。
少女がやってきて船の中に境界線を引いてしまった後、少年が「なにもかもめちゃくちゃだ!」と少女に猛烈に言い寄るシーンの後に、この「揺れるハンモックに虚ろな目をして寝そベる少年」の描写が挿入されています。
同じような描写を作中2回も入れているわけですから、この描写に何やら監督の意図が隠されている気がしますよね。
つまり、物語中盤に挿入されたこの描写の意味を考えると、ラストシーンの意味もおのずと分かってくるような気がします。
中盤のシーンで出てきたこの描写は、少女に居場所を奪われて憤り、少女に向かって少年がその怒りをぶちまけた後に挿入されていることから、自分が大切にしていたものを奪われた少年の喪失感のようなものを表していると思われます。
しかしその後、少年はハンモックから抜け出し、境界線で区切られてしまった自分の領域を真っ青なペンキで染め上げるという、とてもポジティブな行動に出ます。
つまり、この「揺れるハンモックに虚ろな目をして寝そベる少年」の描写は、大切なモノを失ってしまった喪失感から少年が脱却し、現状を受け入れポジティブな行動を開始するという前触れであること暗示している描写のような気がします。
そう考えるとラストのあの描写も、少年の大切なもの、少女と赤ん坊との穏やかな生活を失った喪失感に打ちひしがれながらも、そこから抜け出し、現状を受け入れ、少年がポジティブな行動を開始することを表しているのではないかなぁと。
そしてラストのシーンではそれだけではなく、最後にハンモックから少年の姿が消えて終わっており、これこそ、少年のポジティブな行動を示唆するだけではなく、実際にハンモックから起き上がってすでに行動を開始したことを示している終わり方なのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
このあたり、監督が実際どのような意図でああいったラストにしたのか、聞けるものならぜひ聞いてみたいもんです。

「ボーダレス ぼくの船の国境線」のスタッフ&キャスト
監督:アミルホセイン・アスガリ
脚本:アミルホセイン・アスガリ
出演:アリレザ・バレディ、ゼイナブ・ナセルポァ、アラシュ・メフラバン、アルサラーン・アリプォリアン