映画 | ハッピーボイス・キラー

原題:THE VOICES
製作国:アメリカ、ドイツ
製作年:2014年
バスタブ工場で働く青年ジェリーは、経理部のフィオナに密かに恋をしていた。ある日、フィオナをデートに誘ったジェリーだったが、不運が重なりとても不幸な出来事が起こってしまう。人の言葉を喋るペット、邪悪な猫・Mr.ウィスカーズと慈悲深い犬・ボスコの助言を頼りに、正しい道へ戻るのか、それとも悪の道へ堕ちるのか、ジェリーは決断を迫られる…。

↓↓以下ネタバレが含まれている場合がありますのでご注意ください。↓↓
アカデミー賞に主演作品の「デッドプール」がノミネートされるとかされないとか、先ごろちょっとした話題になっていたライアン・レイノルズ。まぁそれとは全然関係ないんですが、それがきっかけで以前から気になっていたこちらの映画を思い出したので今回観てみました。

これ、日本版の予告編を見た感じでは、よくある感じの平凡なブラックコメディなんだろうな程度に思っていて、それほど期待しないで観たんですが、なんのなんの、めちゃくちゃ面白いじゃないですか。度肝抜かれました。
加えて主演のライアン・レイノルズも演技とかめちゃくちゃ良くて、自分基本ホラー映画から俳優を好きになることが多いので、今までライアン・レイノルズにはあまり注目する機会がなかったんですが、この映画で一気に好きになっちゃいました。いやぁ惚れたわ。

この映画の主人公ジェリーは映画的には“殺人鬼”にカテゴライズされていますが、この映画のキモはやっぱり、ジェリーが「正しくあろうとする平凡で善良な青年」なんだってところですよね。そんな平凡な青年が、不運に不運が重なった結果意図しない殺人に手を染めてしまい、自分は道を踏み外してしまったと苦悩して、その苦しみから逃れるためにハッピーな妄想の世界にさらに逃避してゆくっていう構図があるからこそ、現実世界と妄想世界が入り乱れるこの作品の構成がこんなにも引き込まれるものになっているんだろうな。
そう考えると、ジェリーがフィオナを殺めてしまうシーンは少々わざとらしい印象があって、あれだとちょっとコメディに寄り過ぎちゃう気もするんですよね。このあたり、もっとリアルで分かりやすい不可抗力っぽさがあれば、ジェリーの苦悩ももっとリアルで生々しいものとして伝わってきて良かったのになぁと個人的には思ったりしました。
まぁそれにしても、やっぱり秀逸だったのは、薬を飲んでいる時と飲んでいない時、現実世界と妄想世界のギャップの演出でしょうね。薬を飲んで重く苦しい現実世界に戻ってしまうのが嫌で、薬を全部捨てて、またハッピーな妄想世界に戻ってくるっていうくだりがシビれた。現実世界の描写があっさりめだったのがちょっと物足りない気もしましたが、十分に狙った効果は出ていると思うので、こんなものなのかな。
あと、ラストについても、もうちょっとあっと驚く展開が欲しかったかなぁという気も。ただ、これについても、あの終わり方だからこそ、本当は正しい道を歩みたかったけど、それが叶わなかったというジェリーの絶望感が良く出ていて良かったのかもしれませんね。

ちなみにジェリーの絶望的な心情という点で言えば、一番ガツンと来たのはラストではなく、アリソンを殺したあとのボスコとのやり取りですね。今までずっと「君は良い子だ」と言ってくれていたボスコからもついに見限られてしまうシーン。ここはなかなかショッキングでした。まぁボスコの言葉はジェリーの心の声なので、つまりはジェリー自身でももう取返しのつかないところまで道を踏み外してしまったことを自覚するシーンなワケですが、このシーンが特に印象的で好きでした。
こういった、筋だけで言えば(ひょんなことから殺人を繰り返してしまった青年が、罪の意識に耐え切れずに最後は自ら死を選ぶという)平凡な筋に、妄想世界へのトリップ(現実逃避)という要素を盛り込んで、現実世界からだけではなく、心のよりどころとなっていたその妄想世界からも追い詰められるという形をとることによって、ジェリーの絶望的な心情を際立たせているところがもの凄く良かった。
ラストは自分の罪を全部なかったことにして、自分が殺した人たちと楽しく歌って踊って、神様にも祝福されつつ、神様の運転するフォークリフトで天国へ運ばれていく、という“妄想”で終わり。脱帽です。
この映画、全体的にコメディにもシリアスにもどちらにも振り切っていない感じの作りで、人によっては中途半端だという感想が出るかもしれませんが、どちらにも振り切ってないおかげで、作品全体に生々しさのようなものが生まれている気がするので、個人的には気に入っています。

いやそれにしても、日本の配給会社はこの映画の宣伝の仕方ちょっと間違っていませんかね。まぁいつものことと言えばいつものことなんですが。
この映画、物理的なグロはそれほどでもないですが、精神的にくるものがまぁまぁある方だと思いますし、人によっては嫌悪感を覚える内容だと思うので、あの終始楽しそうなブラックコメディ映画みたいな売り方は、観たあと後悔する人も出てくるんじゃないかとちょっと心配になります。

「ハッピーボイス・キラー」のスタッフ&キャスト
監督:マルジャン・サトラピ
脚本:マイケル・R・ペリー
出演:ライアン・レイノルズ、ジェマ・アータートン、アナ・ケンドリック、エラ・スミス、ジャッキー・ウィーヴァー