原題:Vozvrashchenie(英:The Return)
製作国:ロシア
製作年:2003年
ロシアの片田舎で母と祖母と共に穏やかに暮らす二人の兄弟アンドレイとイワン。ある日、写真でしか顔を知らない“父親”が12年ぶりに帰って来た。突然のことに戸惑いを隠せないアンドレイとイワンだったが、そんな二人の様子を歯牙にもかけない“父親”は二人を小旅行へと連れ出す。素直に喜び“父親”を慕うアンドレイとは対照的に、その高圧的な態度に反発心を深めてゆくイワンだったが…。
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うーん、これはまた何とも風変りな作品でした。
最初から最後までずっと不穏で重苦しい空気が途切れることなく漂っていて、そういう作品は割と好きな方なのでそこは良かったんですが、なんというかまぁ度が過ぎると言ってもいいほど叙事的な描き方になっているため、こちらとしては気持ちの置き所がいまいち分からずアワアワしながらの鑑賞となりました。
何でしょう、やっぱり一番ネックだったのは、父親の心情や感情がその行動や言動にほとんど表れていなかったところですかね。
鑑賞中、この父親が二人の息子に対して抱いていた感情や想いのようなものを、その行動や言動から読み取ることが全くできず、観終わった直後はこの父親が二人の息子を“愛していた”とは到底思うことができないほどでした。
ただ、読み取ることができなくて一番問題だったのは、父親の「二人の息子に対する愛情」ではなく、父親が「自分と二人の息子との距離をどのように認識していたのか」なんですよね。
この父親は実に12年ぶりに家へ帰ってきて家族と再会したわけですが、その12年間の空白による家族との距離をどう捉えていたのかが全く分からなかった。
考えてみると、あの徹底的に厳しく冷たい態度も“12年間の不在”をなかったものとして、息子たちが生まれたときから現在に至るまでずっと傍にいた父親であったとすれば、息子たちに対してああいう冷徹な態度で接するのもそれほど違和感はないんですよね。そこに愛情があると言われても、まぁ理解はできるかなと。
それはつまり「息子たちの父親であること」が“当然”のことであるワケですから。
ところが、この映画の父親は実際には12年間も家を不在にしていて、しかも息子たちが物心つく前に離れてしまっているわけですから、そりゃ戸籍上は父親でしょうが、普通の感覚であれば到底父親と認められるような代物じゃないですよね。父親としての責任すら果たしていないわけですし。
それがいきなり12年ぶりに帰ってきて、二人の息子の父親であることが当たり前であるといわんばかりに我が物顏で振る舞っていたのが、個人的には違和感がありすぎました。
戸惑いがなさすぎるというか何というか、もうここまで来ると何かしら病的なモノすら感じる程でした。
まぁこのあたり、制作者側が敢えてやっていることなのであれば理解できる気もしますが、実際のところはどうなんでしょうか。
要は、この父親は、どこかしら感情が欠落してしまっているという設定で、敢えてあのように描いているという可能性があるということですね。
そういう前提で見れば、あれだけ息子たちの純粋な心情や想いを一切顧みることなく、のうのうと父親ヅラができるのも腑に落ちる気がします。
あれかな、作中では不在にしていた12年間に一体何をしていたのかは全く明かされませんでしたが、もしかしたら戦争へ行っていて、その過酷な体験から精神的に病んで感情が欠落してしまったとかそういった設定でもあったのかな。
仮にそうであることを前提に考えてみると、つまりこの映画は、精神的に病んで感情が欠落してしまった男が、長い間の不在によって失った家族との絆を取り戻そうと必死でもがく姿を描いた作品という側面もあったりするんだろうか…。
ラストで一番印象に残っている父親のセリフがあります。
アンドレイが張り倒されて、イワンが父親にナイフを向けるシーンで、父親に向かって「違っていれば好きになれたのに!」と言い、それに対して表情を変えずに「誤解だ」と呟くように言うセリフ。
まぁ何気に言った言葉なのかもしれませんが、ここで自分のことをひどい父親だと認める言葉ではなく、咄嗟に否定の言葉が出るということは、彼の中で自分自身は「息子に対して愛情のない父親」である認識は毛頭なかったということを表しているのかなと。
イワンのセリフから、本当は父親のことが恋しかったという本音が垣間見えますが、そこで初めて父親は、息子たちと自分の気持ちがすれ違っていることに気づいたということなのかな。
結局、最後の最後まで父親と二人の息子気持ちはすれ違ったまま、取り返しのつかない最悪の結末を迎えてしまったというわけですね。やりきれない。
ところで、監督のアンドレイ・ズビャギンツェフはインタビューで、この映画に登場する4人の主要人物(父、母、アンドレイ、イワン)をそれぞれ四大元素で例えたそうです。
父親は水、母親は地球(土)、アンドレイは空気(風)、イワンは火とのこと。
アンドレイの空気(風)とイワンの火はそのままの印象なのですっと納得できましたが、父を水、母を地球(土)としたのはちょっと興味深いですよね。
普通の感覚だと母が水で父が土のような気がしますが、敢えて父を水としているあたり、この作品内での父親を土の性質で表されるような安定的で基盤的な存在ではなく、水の性質で表されるような必要不可欠ではあるけれども流動的で不安定な存在として捉えていたということが分かるような気がしますね。
「父、帰る」のスタッフ&キャスト
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
脚本:ウラジーミル・モイセエンコ、アレクサンドル・ノボトツキー
出演:ウラジーミル・ガーリン、イワン・ドブロヌラボフ、コンスタンチン・ラブロネンコ、ナタリヤ・ブドビナ、ガリーナ・ポポーワ